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伊藤孝英
カイロプラクティックそのまんまサンシャイン院長
RMIT大学(ロイヤルメルボルン工科大学)日本校卒業。B.C.Sc(カイロプラクティック学士), B.App.Sc.(応用理学士)。従来の筋骨格系障害としての腰背部痛という観点から、生物社会心理的要因としての腰背部痛へとシフトチェンジしてマルチモデルで腰痛ケアをしています。鬱・不安などの気分障害で過度な薬物療法に疑問をお持ちの方もお気軽にお問い合わせください。
そのまんまサンシャイン公式ホームページ
筋骨格系の症状はもとより代替医療のセカンドオピニオンもお気軽に聞きにきてください。https://chirosonomanma.com

背中の痛みの社会的影響を評価

3人並ぶ
目次

社会的な痛みって何?

背中や腰の痛みには社会問題が関与しています。みんな身体が壊れたと思っているのですが、痛みというのは多くの場合何かのサインです。また有色人種は心理的ストレスを身体の痛みで表現する傾向が強いと言われます。

あまり知られていないかもしれませんが、腰痛、背中の痛み、首痛など背骨周囲の痛みの発症、またその後の慢性化については社会的な影響、例えば会社での人事とか給与格差 などなど 思い当たることがある方も多いのではないでしょうか?

背骨周囲の痛みは社会的な因子が何かしら関わっているのです。

皆さんはご自身が感じている痛みを個人の問題と考えがちですが、その痛みこそが社会問題そのものである、とも言えるのです。身体は正直です。痛みや凝りが本当の意味で消えていく方向性の考え方、生き方、社会へと移行している時代かもしれません。

近年若者が失態をしたときに「痛い」という表現を使います。言いえて妙です。あの痛い状況は、身体の痛みと関連するというのです。

3人横並び
ちょっとありきたいだけど、大事よ

■脊椎医療の分野では、腰痛や頚部痛の発症および慢性化に対する社会的影響を過小評価、もしくはほとんど無視してきた。しかし、社会的疼痛は身体的疼痛と同様に無視できない疼痛である。人は社会的な絆に支えられて生きているのだから。

臭い表現かもしれませんが、多くの痛みを抱えた患者さんを診ていると、実感します。社会的孤立や不利な立場、妙なプライドが人の繋がりを切ってしまっているケースも多いと思います。

過去に受けた社会的苦痛によって慢性疼痛が発症することを示唆している研究です。だからこそ日本は時期を逸することなく『健康の社会的決定要因』にオールジャパンで取り組むべきだと思います。

葛藤と否定的な感情すべてが痛みと関与か!?

2014年 さらに考察が深められる

新たな証拠は、社会的痛み(社会的拒絶、排除、または喪失に続く痛みを伴う感情)が、身体的痛みを処理する同じ神経領域のいくつかに依存していることを示しており、身体的社会的痛みの重複の可能性を強調しています。

しかし、肉体的苦痛と社会的苦痛は共有神経系に依存しているという仮説には異議が唱えられています。
このレビューは、身体的・社会的痛みの重複を支持する研究を要約することから始まり次に、このオーバーラップモデルに対する3つの批判が提示され、利用可能な研究を統合することによって対処されます。

これらの批判には、次のような提案が含まれています。
(a)neural responses to social pain are indicative of conflict detection processes, rather than distress;社会的苦痛に対する神経反応は、苦痛ではなく、葛藤を感じた時の処理を示している
(b)社会的な痛みに特化したものではなく、すべての否定的な感情プロセスがこれらの痛みに関連する神経領域を活性化する
 (c)社会的(および身体的)な痛みに対する神経反応は、苦痛ではなく顕著性の処理を反映している、という提案が含まれる。

これらの知見は、社会的および身体的な痛みを理解する上で示唆に富むものであり、次のステップに進むための鍵となるものである。

Eisenberger NI. Social pain and the brain: controversies, questions, and where to go from here. Annu Rev Psychol. 2015 Jan 3;66:601-29. doi: 10.1146/annurev-psych-010213-115146. Epub 2014 Sep 22. PMID: 25251482.

上記の研究から考えられるのは、社会的な痛みに伴う否定的な感情が痛みと関連していて、社会的苦痛は「葛藤の処理」と関連している。あらゆる否定的な感情処理が痛みに関連しているようです。

『顕著性の処理』がピンときませんが、原文はreflect the processing of salience となっていて、『重要ポイントの処理への反応』とでも訳せばいいのでしょうか?おそらくライフイベントでの重要な出来事への対応が神経反応で痛みと関連している ということでしょう。

これを知り何ができるのか?

社会は矛盾しているし、個々の人間自身も矛盾した生き物であると言えます。矛盾こそが人間。

ですからあるていどの型みたいな考えが必要かもしれません。

いちいち矛盾を感じた時に真面目に考察しているとタフな人間でないと病気になるように思えます。

教義があるような宗教や、先人の教えは、故事成語などは役に立つでしょう。

あらゆる否定的な感情を抱かないような訓練も体の痛みをコントロールするのに役立つのならば、常に前向きに考える習慣は、決して無駄ではありません。

フランスの哲学者アランは「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」という言葉を残しています。前向きに楽観的に考えようとすることが痛みからの解放に直接関わります。

最後の提案(C)尖ったライフイベントの処理、うーん誰にでも一つや二つは失敗もあるだろうし、これも故事成語、七転び八起きとか、明日は明日の風が吹くとか、ある程度柔軟な考え方を持てるようにしていくことが痛みを少なくするのではないのかな?

なるべく笑っていきていたいものです。

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